呉市海事歴史科学館(愛称:大和ミュージアム)は、明治以降の日本の近代化の歴史そのものである「呉の歴史」と、その近代化の礎となった造船、製鋼を始めとした各種の「科学技術」を、先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介しています。
通りを挟んだ反対側には潜水艦。
後ほど行く予定の海上自衛隊呉史料館(愛称:てつのくじら館)です。
時間の都合で回れませんが、IHI呉造船所の巨大ドック群や海上自衛隊呉地方総監部庁舎、歴史の見える丘など旧海軍の遺産・海上自衛隊関連施設などがあるエリアも見えます。
大和ミュージアムという愛称は、悲運の巨大戦艦「大和」がこの呉で造られ、10分の1の模型を始め、「大和」にまつわる展示史料が多いことにも因んでいるのでしょうか。
建物の正面には戦艦「陸奥」の主砲身、スクリュー、主舵などの引揚品を展示しています。
丁度無料のガイドツアーが始まるところでしたので、参加することにしました。
館内に入って最初に圧倒されるのは、「大和」の10分の1の模型。
なんと2.1億円もかかったこの「大和」は、個人の寄付によるものだそうで、それを聞いて二度驚きました。
全長26.3メートルもある10分の1戦艦「大和」は、設計図や写真、潜水調査水中映像などをもとに、可能な限り詳細に再現されています。
この10分の1戦艦「大和」は大和ミュージアムのシンボルとして平和の大切さと科学技術のすばらしさを後世に語り継いでいます。
熱心に説明をして下さるガイドさん。
御年70歳だそうですが、とてもお元気で、パネルを読んだだけではわからない色んな秘話を紹介してくれます。
「大和」に積まれていたのと同じ大きさのタービンエンジン。
これが12機も積まれていたそうです。
当時の日本の造船技術、とりわけ呉の技術がいかに優れていたかがわかります。
戦艦「大和」は、昭和16(1941)年12月、呉海軍工廠(海軍直轄の工場)で、当時の最先端技術の集大成でありながら極秘裏に建造された世界最大の戦艦です。
しかし昭和20(1945)年4月7日、沖縄特攻作戦に向かう途上、米艦載機の攻撃を受け沈没、乗員3,332名のうち3,056名が「大和」と運命を共にしました。
「大和」が造られた当時、その工程を隠すためのドックの上屋も残っています。
大型資料展示室では零式艦上戦闘機62型、人間魚雷「回天」などの実物資料を展示し、戦争の悲惨さや平和の大切さを伝えます。
呉で培われた、材料をつなぐ技術や目標へまっすぐ進む技術などは、現在の宇宙ロケット製造技術にも引き継がれています。
特殊潜航艇「海龍」は飛行機のように翼を使って自由に潜航・浮上する事を目指して呉海軍工廠などで潜航実験や研究・開発が行われた小型潜水艦です。
呉海軍工廠を中心に研究開発された特攻兵器「回天」は、海軍の青年士官から提案されたものです。
しかし、一隻も沈めることなく平均年齢21歳の100名以上の尊い命が失われました。
二度と開くことのないハッチから狭い艦内に乗り込み敵に向かった気持ちを想像すると、胸が痛みます。
零式艦上戦闘機の開発には、広海軍工廠で研究・開発された技術が活かされました。
機体全てを金属で製作する技術、運動性重視から主翼を片方だけで支える強度維持の技術、桁と外板で主翼の強度を保持する技術などは、日本国内では広海軍工廠からはじまりました。
再び「大和」が見えるホールの二階に来ました。
悲運の最期を遂げた戦艦「大和」ですが、建造の技術は生き続け、世界一の大型タンカー建造だけにとどまらず、自動車や家電品の生産など幅広い分野で応用され、戦後の日本の復興を支えてきました。
10分の1戦艦「大和」は、平和の大切さと科学技術の素晴らしさを後世に語り継いでいます。
海上自衛隊呉史料館は、潜水艦と掃海を展示する史料館です。
海上自衛隊の有する資料の展示・保存等を通じて、海上自衛隊員の教育及び、広く国民一般等への広報活動により海上自衛隊に対する理解の促進並びに地域との共生に貢献することを目的としているそうで、立派な施設が入場無料です。
特に潜水艦の展示はとても興味深いものでした。
サブマリナーと呼ばれる潜水艦乗員になれるのは特別な訓練をパスした人だけ。
ドルフィンマークを胸にしたサブマリナーは、海上自衛隊の中でも選ばれた存在なのです。
潜水艦「あきしお」の艦内は想像以上の狭さ。
士官ですらベッドは三段の蚕棚。
艦長室でさえこの狭さです。
すれ違いもままならない通路には所狭しと各種の配管が。
操舵室。
座ってみました。
外が見えない乗り物の操縦も不思議な感じ。
潜望鏡。
初めて覗きました。
近くで見るとその狭い船室と比べて巨大な船体を実感します。
海軍士官だった祖父と共に少年時代を呉で過ごし、母と兄を呉で失った亡き父。
その思い出の場所を回る時間が取れなかったことだけが、今回の旅の心残り。
私の残された人生で、再び呉の地を踏むことができるでしょうか。
快速で30分。
広島に戻ってきました。
広島駅の1階にある広島新幹線名店街の京の寿しで、昨日目星を付けておいたあなごめしを買いました。
1月に食べた宮島口のうえのの味が忘れられず、今回も行きたかったのですが、時間が無かったのでせめて駅弁で我慢。
美しい色艶です。
海苔を振って頂きます。
昨日下見して回ったあなご弁当のなかでは一番美味しそうだったのですが、その読みは当たりました。
ふっくらとした穴子に甘辛いタレ。
実に美味。
同じく名店街で買った練り物のセット。
もちろん今回の旅の締めくくりに相応しい竹鶴ハイボールで。
一泊二日、盛り沢山の広島の旅。
今回も素晴らしい食と新たな歴史の発見があった、いい旅となりました。
「本当に日本に生まれて良かったな」
とすっかり日が暮れた車窓を眺めながら、ハイボールの缶をグイっと傾けました。
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京の寿し 広島駅店 (寿司 / 広島駅、広島駅駅、猿猴橋町駅)
夜総合点★★★☆☆ 3.2
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