築地に本社があった頃、週二〜三のペースでランチを食べに行き、夜も月一で飲みに行っていたお店です。
とにかく口の悪い大将で
「ウチは喫茶店じゃねえんだから、食ったらとっとと出てってくれ」
と傳法な物言い。
それでも、絶品の魚を安く食べさせてくれるビルの地下の小さな店のランチタイムは大行列。
私はいつも時間をずらせて13時前にランチを食べに行っていました。
夜は少し落ち着いて飲めるので、なんだかんだとしゃべりながら、偏屈な大将と酒を酌み交わしたもの。
そんな店が八丁堀に去り、私も新橋に本社が移転して、すっかりご無沙汰となりましたが、昨年5月の出張で、勝どきに移転した店を訪問し、懐かしいご夫婦や、すっかり成長した息子さんに15年ぶりに会うことが出来ました。
今回は、居酒屋に連れて行ってくれとせがむ三男との約束。
誘っていない妻まで付いて来ました。
大将の生家でもある、亡くなったお母さんの家に戻って、自宅を改造したという勝どきの店。
高層マンションが立ち並ぶこのエリアですが、今時懐かしい棟割長屋。
表通りから更に奥、運河に面した建物です。
知らなければたどり着けない店。
店に入ると懐かしいご夫婦と息子さんの顔。
「どうも、お久しぶりです」
「やあ、よく来たねぇ!」
テーブル席がセットされていました。
生ビールで乾杯。
今日はどんなネタがあるのかな、と黒板を眺めます。
元築地の仲卸だった大将の目利きは抜群です。
と大将が大皿を持ってきました。
これはお見事です。
マグロの中トロ。
「オヤジは一切れだよ、後は奥さんと息子」
と勝手に私に制限をかけます。
アジとシメ鯖。
スルメイカ。
白ミル貝。
「のどぐろはどうやって食べる?焼くかい?それとも煮るかい?」
息子の希望で焼き。
すっかり跡取りらしく成長した息子さんが火を使う料理は担当。
しっかりと焼け具合を見張っています。
「焼きや揚げもんは、まあまあ任せられるようになったかな。刺身はまだダメだ」
と大将。
「そんなこと言って、ホントは仕事取られたくないから刺身だけは渡さないんでしょう?」
と私。
ざっくばらんなやり取りが楽しい。
立派なのどぐろ。
見事な焼き加減です。
こんなことでも無ければ食べることはない高級魚。
脂がのって絶品です。
私は焼酎にしました。
黒糖の込山喜三郎をロックで。
焼き空豆が出てきました。
大将がお任せで色々見繕っているのです。
「懐かしいやつを焼いてあげたよ。銀だら味噌漬」
確かに私がかつてランチで好んで頼んだ料理です。
「一口しか食べたらダメだよ、奥さんと息子さん用なんだから」
とまた大将は勝手な制限をかけてきます。
「これはね、油坊主って言って珍しんだよ」
ギンダラの仲間にあたる魚で、相当脂が多いので一人で食べるとくどくなると言います。
ニンニク風味のつけ焼きという創作です。
旨い魚が続くと、どうしても禁断の日本酒に手が伸びます。
八重壽の生貯蔵酒を息子と分けることにしました。
アイナメ唐揚。
淡白な白身がカリッとした衣と合います。
「馬刺はどう?」
と言いながら、もう出てきています。
相変わらず勝手なんだからな。
私は好物なので抗えません。
息子が気になっていたカレイ骨せんべい。
穴子の骨も一緒に。
さっぱりとするお新香が出てきました。
なんでも自家製だから、本当に美味しい。
もう少し飲みたい私は花の舞を。
超辛口です。
大将は私の横に座って、自分も日本酒を飲みながら語りかけてきます。
聞けば 65歳。
築地の店に通っていたのは、かれこれ20年以上も前の話。
私も54歳ですから、お互いに年を取るはずです。
「あの頃はさぁ、この人はさぁ・・・」
と、妻や息子の知らない私を語り出します。
そんな昔話を昨日の事のように話す大将は、どこかご機嫌。
でも目尻の皺の年輪は、私の記憶の大将とは随分異なります。
きっと、私もそうなのでしょう。
「すいません、しくじっちゃって」
と言いながら息子さんが出してきたのはあさりご飯。
たっぷりとあさりが入って、すごくいい香り。
息子さんによれば、ご飯が柔らかすぎるというのです。
でも、言うほどではないと私は思いました。
妻も息子も大絶賛。
とても美味しい。
私たちに謝る息子と奥さんを見て、大将は
「まだまだだな」
とニヤニヤ。
やっぱり親父のプライドがあるのでしょう。
お会計を済ませて帰り支度。
「いつまで、東京いんのさ!早く帰って来てくんねえと、うちの店が困っちまうんだからよ」
「ははは。大阪もなかなか居心地いいんだよ。それに俺一人帰ってきたからって、この店の商売に関係ないでしょう?」
日中は暑いとはいえ、夜は涼しい風が吹いています。
ここは勝どき。
目の前は東京湾なのです。
今度は、ここにいつ来れるでしょうか。
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