今週はずっと落ち着かない気分でした。
というのは、30代の頃足繁く通った居酒屋さよりの消息が思いがけない形でわかったからです。
そのお店は当時築地のコンワビルというオフィスビルの地下にあって、15人も入ればいっぱいの小さな店ながら、旨い魚を出すという評判でランチタイムはいつも行列。
また、マスターが伝法な口を利くことでも知られていて、ゆっくり昼飯でも食っていようもんなら
「ウチは喫茶店じゃねえんだから、食ったらさっさと出てってくれ!」
と言葉を浴びせるキツい店でもありました。
その店は今から15年前に築地を去って八丁堀へ。
「お伺いしますね」
と言いながら全く不義理をしていた私。
すっかり消息がわからなくなっていました。
先日、フェイスブックで繋がっている本社のK先輩がなんとさよりのマスター夫妻と息子さんと映っている写真をアップしました。
どうやら、最近再び通い始めた様子。
「私も今度行ってきます!」
と思わず書きこんでから店がどこにあるか調べました。
15年前ならわからなかったでしょうが、ネットで検索するとすぐに見つかりました。
勝どきに引っ越したようです。
早速お店にこの日の予約の電話を入れました。
「昔ランチでよく伺ったんです。今転勤で大阪なんですけど、今週の金曜日に出張があるので、是非伺わせてください」
もちろん会社も名前も名乗りましたが、私だとわかるでしょうか。
「きっと顔を見れば思い出してくれるだろう」
かくして15年ぶりに昔の恋人に会う、とはきっとこんな気分なんだろうなぁ、と思いながら落ち着かない気持ちで新幹線に乗り込みました。
仕事の都合で予定よりも一時間も遅くなり、東京駅丸の内南口に降り立ったのは18時半を回っていました。
転勤中のこの2年半の間に丸の内周辺は更に変化を遂げました。
私はもはやお上りさんです。
ここから都04系統豊海水産埠頭行きに乗って勝どき三丁目で降りるのです。
既に私は緊張でドキドキしています。
バスを下りて運河沿いの交差点を西北へ。
看板が見えました。
しかし、店はそこには無く、更に奥のようです。
と思ったら更に奥。
迷路のような小道を回りこんでいくと、そこは普通の民家のようです。
しかし、かかっている暖簾は間違いなくあの当時の店のもの。
店に入ると以前よりも随分と広いようです。
カウンター越しにマスターと大きくなった息子さん、そしてホールには奥さん。
「覚えてますか?」
「あ〜、覚えてるよ!懐かしいねぇ!」
私は急に腰が抜けたようにカウンター席に座り、とりあえず生ビールで喉を潤しました。
美味しいビールを飲むために、今日は新幹線では飲まなかったのです。
何も言わなくても刺身の盛り合わせが出てきました。
見るからに美味しそう。
ここは昔から仕入れがいいんです。
まぐろの脳天。
生さば。
平目の縁側。
平政。
鯵。
昔ランチでよく食べた、あの美味しいお刺身が昔と変わらずに食べられました。
なんだか、恋人が15年間私を待っていてくれたかのような気分です。
生ビールをもう一杯。
どんなお料理を出しているのかメニューを見てみました。
昔ながらの魚料理だけでなく、揚げ物や肉などもあって、少し幅が広がったようです。
「息子が天婦羅出来るようになったんで入れてみたんですよ。刺身以外は息子に任せてるんです」
「良かったじゃないですか、跡取りができて」
目の前の厨房に気になる干物がぶら下がっています。
「それは何ですか?」
「これはね、鯵とカレイの骨なんですよ。唐揚にして食べるんです」
「美味しそうですね。お願いします」
その間に焼かれていた銀だらの味噌漬けが出てきました。
本当によく食べた懐かしい味が、そのまま蘇ります。
しみじみ旨い。
ふと、当時ランチタイムでよく出されたアラ汁を思い出しました。
13時過ぎを狙って食べに行く私のために、アラのいい所を残しておいてくれたことを思い出しました。
普段は日本酒を飲みませんが、今日は飲みたい気分。
マスターの勧めに応じておまかせでコップ酒。
天上夢幻。
宮城の酒蔵の純米吟醸はさらりとしているのに、味わい深い。
息子さんが揚げてくれた鯵とカレイの骨の唐揚げが出てきました。
塩で頂きます。
ならば乾杯といきましょう。
撮影・掲載許可済み |
料理の修行も積まないまま、接客の何たるかも知らず、それでも旨い魚を、旨いと分かる人に食べさせたいという、頑なさでずっとやって来たのです。
私も転勤後から通い始め、特に30代になってからは週に二、三回はランチで、夜は月一、二のペースで訪れていました。
しかし築地を離れ八丁堀時代の11年は、ご夫婦ともに大病をされたりと、色々とご苦労があったようです。
ここに店を出したのは三年半前の1月。
しっかりと太い味わい。
「こんな普通の民家みたいな場所でどうして商売を始めたんですか?」
「ここはね、私の生家なんですよ。母親が無くなったんでこっちに越してきたんですけど、それならここで店をやろうと思って、改築したんです」
先ほどこの店に来るときに、どうしてこんな棟割長屋に店があるんだろうと思った疑問が解けました。
「なるほどね。ところで二階もあるようですね」
「ええ、二階はフローリングにして低めのテーブル席にしてるんです」
と奥さん。
「後でトイレを覗いてみてよ。お風呂場改造して作ったから広いんだよ」
とご主人。
「テレビでも二回紹介されてね。それでお客さんもちょっと増えたかな」
「すごいじゃないですか」
聞けば、築70年だとか。
「それって、戦争で焼けなかったってことですよね?」
「このあたりは大丈夫だったんだよ、軍の施設とか工場が無かったからね」
マスターが今年64歳になると初めて知りました。
私と丁度10歳違い。
とすると私が20代後半で築地の店に通いだした頃は、マスターも30代だったことになります。
会話が進めば酒も進みます。
かなりいい気分になってきました。
そこへ思わぬお客さんがやって来ました。
私にこの店の情報もたらしてくれたK先輩、その人です。
お取引先の方とお二人で。
「うわ、お前ホントに来てるのか!驚いたな、偉いねぇ、ホントに大阪から!?」
「さよりの情報を知って、是が非でも今度の出張で顔を出そうと決めてたんですよ」
酒は今度はしぼりたて原酒。
時期ものです。
新潟は八海醸造の越後で候。
二階の宴席のお客さんもお帰りになり、ここからはマスターのご家族も交えて、無礼講で飲み会となりました。
K先輩と私のそれぞれのさよりとの関わりを披露し合い、そこにマスターも割って入る展開。
最近では、マスターの息子さんがK先輩の誘いに応じて空手を始めたらしく、益々縁が深くなっているようです。
酒は菊水。
新潟の定番です。
マヨネーズの味が控え目で旨い。
お客さんが帰られたので、二階も覗かせてもらいました。
確かにこれならちょっとした宴会ができそう。
私が東京に転勤したときに同じ部署でお世話になったK先輩。
その後別々の部署となりましたが、何年かに一度は仕事でご一緒する仲でした。
最近は接点が無かったのですが、そこは古い付き合いですから、たちまち昔話で盛り上がり、私も気が大きくなったのか、マスターに勧められるまま日本酒をグイグイ飲んでしまいます。
明日は土曜日だから、まあいいでしょう。
〆は込山喜三郎。
黒糖焼酎は私好み。
30度をもちろんロックで。
そろそろお暇する時間。
K先輩を交えたご家族と記念撮影の後、ご家族だけの写真を撮らせていただきました。
奥さんは相変わらず控えめでにこやか。
まだ中学生の頃に夏休みにお手伝いしていた息子さんも今では30過ぎて立派な跡取りです。
撮影・掲載許可済み |
ごちそうになったお礼を述べ、 遠距離通勤の私はK先輩より一足早く店を出ました。
見上げればタワーマンション群。
その足元に今でも残る戦前の棟割長屋。
ここにも一つ、私の人生の別れと出会いがあったな、と少し感傷的になりました。
半世紀も生きていると、こんな気分になることがこれからも増えていくのでしょう。
15年間連絡を取らなかった不義理な客を、温かく迎え入れてくれた店。
酒場と客の関係はかくありなん、と強く思った夜でした。
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さより (魚介・海鮮料理 / 勝どき駅、築地市場駅)
夜総合点★★★☆☆ 3.5