今日は土曜日ですが、ひとり飲みに出かけます。
帰宅途中に寄り道する、通勤路のディープ船橋へ。
19時には看板になる小さな食堂で、食堂飲みをしたかったからです。
船橋は戦前の区画が今だに残る古い街。
車も通れない入り組んだ狭い路地が駅前に広がり、飲食店が軒を連ね、独特の町並みを形成しています。
そんな京成船橋駅の南に広がる飲食店街の一角。
今時の洒落た業態に変化していく店に囲まれて、そこだけタイムスリップしたような構えの店があります。
花生(はなしょう)食堂。
今時、木製の引き戸に磨りガラスとは、貴重な造作です。
料理のメニューはシンプルな食堂のそれ。
狭いカウンターとテーブルが一卓の小さな店。
10人も入れば満席でしょう。
とはいえ、満席になることがあるのかどうかは定かではありません。
窓の木枠も、壁の色も、長年の日焼けと調理の油で飴色になっています。
もちろん私には好ましい佇まい。
常連さんがテーブルに四人、カウンターに一人。
私に一瞥をくれたあと、また自分たちの世界に入っていきました。
何時から飲んでいるのか、とっくに出来上がっている人生の大先輩たちに囲まれて、私ごときはこの店では洟垂れ小僧。
「お食事ですか?」
とお母さんに聞かれました。
しっかりされていますが、70代後半でしょうか。
「いえ、飲みます。とりあえずビールをください」
銘柄を聞かれたのには驚きましたが、アサヒを頼みました。
ビールを飲みながら、ようやく周囲を観察します。
柱に打ち付けられた
「船橋喫茶麺類調理組合員之章」という鑑札は、いつの時代のものでしょうか。
床はもちろんコンクリ打ちっ放しの土間。
調理場との境も木枠の磨りガラスで間仕切りされています。
もう見かけない内装です。
卓上の調味料類。
メニューに揚げ物はなかったのですが、中濃ソースは何のためにあるのでしょうか。
「お料理は書いてあるものだけですか?」
とお母さんに尋ねます。
「ええ。しらすおろしとかもできますよ。定食は単品もできますけど、高くなります」
定食が単品だと高くなる、という理屈がよくわかりませんでしたが、明らかに単品の
肉豆腐を頼みました。
「魚、というのは何ですか?」
「ぶりとか鮭です」
「じゃあ
鮭を焼いてください」
するとお母さんは卓上の徳用マッチに火を着けました。
コンロが自動着火ではないのは、この店の雰囲気から想像はできましたが、注文を受ける度に徳用マッチを片手で擦ってコンロに火を着けるのは驚きです。
着火マン位は使っても良さそうですが、器用に片手で徳用マッチを擦る光景は、少年時代に見た田舎のおばさんのそれに似ていました。
ほどなく
肉豆腐ができました。
この店は19時には看板となります。
18時過ぎに入店しましたから、1時間一本勝負。
続けて
鮭塩焼き。
理想の食堂飲み。
木目のデコラカウンターから木枠の磨りガラスまで完璧な昭和。
やや甘辛い味付け。
親子丼などで使うツユのようです。
鮭は、甘塩。
中はレア。
その焼き加減が意図したものかどうかは不明です。
18時半を回って、お母さんが暖簾を下げました。
暗にラストオーダーだと言っているのです。
私は
酎ハイを頼みました。
常連さんとお母さんの会話を聞くとはなしに聞いていると、どうやらお母さんは御年77才。
常連さんよりも年上の様子。
「孫も大学生。年もとるよね」
とは、今の私にも響きます。
「年取ってなんぼだよ。一生に一回は死ななきゃなんないから」
とは重たくも含蓄のある言葉。
いつの間にか常連さんたちは姿を消し、店内はお母さんと私二人。
ディープな飲食店街の猥雑な響きも、なぜかこの薄い磨りガラスを通り抜けることはないようです。
1,800円ちょっとという、安いような高いようなお会計を済ませ、店を後にしました。
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